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小さき森を愛する花  瑠璃唐草物語

瑠璃唐草の別名はネモフィラ。ギリシャ語のNemophila は、ギリシャ語の 「nemos(小さな森) + phileo(愛する)」が 語源とされています。そんな愛らしくも健気な花のように生きていきたいと思います。

師と死と志  (長文ですが・・・・何か?  40代以上の方は、老眼鏡を用意してね)

「し」と読む漢字は沢山あるけど、私の中で、

今、繋がるキーワードは、下記の3つだ。

 

ざっくり意味を記してみると・・・・。

 

師とは・・・・

 

〗 シ いくさ
 
  1. 1.
    《名・造》
    子弟を教える者。人の手本となる人。先生。
     「師の教え」
  2. 2.
    仏教キリスト教での指導者
     「法師・律師・導師・禅師・牧師・祖師」
  3. 3.
    工人の長、また技術者。後に、専門家を示す接尾語。
     「仏師・絵師・経師(きょうじ)・医師・薬剤師・写真師・講談師・詐欺師・山師(やまし)」
  4. 4.
    法師・講談師等の姓名に添える敬称。
     「神田伯山師」
  5. 5.
    軍隊。中国の周代の軍制では、二千五百人の一隊を師、五師を軍とする。
     「師団・王師・舟師・水師・出師(すいし)」
  6. 6.
    多くの人。もろもろ。多くの人の集まるところ。大きい。
     「京師(けいし)」

 

死とは・・・・

 

 

〗 シ・しぬ
 
  1. 1.
    《名・造》
    命が絶える。しぬ。なくなる。
     「死の商人」(兵器を売ってもうける商人)
  2. 2.
    生気がない。活動力がない。
     「死灰・死文・死角・死火山」
  3. 3.
    生死にかかわる危険。危険をおかす。
     「死命・死守・死地・死線」
  4. 4.
    野球で、アウト。
     「二死満塁」

 

 

志とは・・・・

 

こころざし
 
  1. 1.
    こころざすこと。こうしようと心に決めたこと。
     「―を遂げる」
  2. 2.
    厚意。親切。
     「お―を感謝します」
  3.  
 
〗 シ・こころざす・こころざし しるす
 
  1. 1.
    心が、ある目的に向かって動く。目的をたてる。こころざす。目的。
     
    めあて。こころざし。立てた信念。
     
     
    まあ、日本人なら、特にわざわざ意味を記さなくても、
    意味は解っている、お馴染みの漢字だ。
     
    この同音異義語が、一体、どう繋がっていくのか・・・・
    ってことが肝心の話なのだが・・・。
     
    どんな人でも、「師」と呼ばれる人、職業の人
    (医師とか教師とか牧師とか)に、全くお世話に
    ならずに、死を迎えることは、まずもってないと思う。
    たとえ、あんまりご縁が無かったわ・・・・・とか、
    一応関わったけど、特にこれといって
    「自分の人生に多大な影響」を与えたとは
    思えないわ・・・なんて思っている人も
    多いかもしれない。
     
    自分から、能動的に選んで学ぶ、従事する、
    仕えるということでもない限り、
    「師」とは、自覚なく過ぎ去って行く・・・そんな人に
    過ぎない存在かも知れない。
     
    スピリチュアルな世界でも、「師」と呼ばれる方は、
    多く存在しているらしい。
    スピリチュアルカウンセラーとか、ヒーラーとか、
    霊能者とか、何チャラマスターとか、
    詐欺師とか、なりすま師とか・・・・・。
    おっと、最後の二つは、要らないか・・・。(苦笑)
     
    三次元世界で、正業と言われる「師」の付く
    職業の為に、「師」に師事するなら
    何の問題も無いと思うのだけれど・・・・。
     
    所謂見えない世界。スピリチュアル世界の「師」
    への師事支持は、余程注意しないと
    私事とは言え、死児になってしまう可能性があるから
    気を付けなければならないと、私は思う。 
     (随分、韻ふんじゃったな~。)
     
    どんなに有能で、貴方に素晴らしい預言を
    与えてくれる人だったとしても、
    ずっと、その「師」の言うがままの人生を、
    歩み続けていいものだろうか?
     
    「え、私、人生失敗したくないもので・・・。」
     
    いやいや、成功だけの人生で終わったら、
    何のための人生でしょうか?
    失敗は、成功の何倍もの「叡智」と、「慈愛」と
    「憐憫」とを、貴方に与えてくれる、素晴らしい
    「人生の師」そのものなんですよ!
    「いや、今までの人生失敗だらけで、もう
    二度と失敗したくないからこそ、
    師事してるんじゃないですか~~。」
     
    そんな反論も聞こえてきそうな気もしますが・・・。
     
    果たして、そんな「成功」だけを与えてくれる「師」や、
    貴方の避けてとおりたい問題を苦痛なく、
    スルーさせてくれる「師」が、本当に、貴方にとっての
    本物の師と言えるでしょうか?
     
    いつかは向かい会うべき「自分の死」と否応なく
    向き合った、まさにその時、貴方にとって
    その便利で、有難かった「師」は、果たして、
    最後まで感謝できる人だったと、心の底から
    思えるのでしょうか?
     
     
    「いや、思えますとも!」と100%の確信で
    言える方には、もう何も
    申し上げる言葉はありませんが・・・。
     
    「アレ・・・・待てよ!」と、ちょっと心が揺らいだ、
    貴方には、今一度、何のために、その師を、
    師として仰いだのか・・・って事を考え直して
    頂きたいと思います。
     
    私が思う本物の「師」とは、
    執着しない、執着させない、
    依存しない、依存させない、必要な叡智を、
    実用的な技術を、折れることなき
    継続させていけるように、ただ淡々と語り、与え、
    けして、必要以上の「見返り」を求めない
    存在だと思っています。
     
    そのような、揺るぎない存在が、今現在、この世界に
    居るのでしょうか・・・。
    私は、残念ながら、まだ発見しておりません。
    出会えていません。
    その存在自体を、信じられません。
     
    そりゃそうですよね。
     
    「志」とは、
     
    1. 1㋐ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。
    2.   ㋑心の持ち方。信念。志操
    1. 2相手のためを思う気持ち。厚意。
    1. ㋐謝意や好意などを表すために贈る金品。「ほんの―ですが、御笑納ください」
    1. ㋑香典返しや法事の引き出物、僧への布施の包みの表に書く語。→寸志
    1. 心を集中すること。注意。
    2. 相手を慕う気持ち。愛情。
    3. 死者の追善供養。
     
     
    全て、一人称「私で、完結できる事ばかりです。
     
     
     
    え、独りよがりで、間違うんじゃ?って・・・・。
    大丈夫!心配めさるな。
     
    独りよがりで、間違ったことをしたら、もれなく
    「失敗」という、貴方にとって素晴らしく厳しい、
    そして為になる「教」が、どこからともなく
    貴方の元に、やって来てくれます。
    その教師は、厳しいですが、貴方にとって、
    これからの人生にとって、一番大事なものを、
    貴方に示してくれるのです。
     
    しかも、その教師は、バカ高いお布施も
    要求しませんし、あなたを依存させませんし、
    あなたに執着させもしません。
    だって誰だって、失敗した状態を永く保ちたい
    とは思いませんからね。
     
    私たちは、未熟ですが、それなりに問題に
    立ち向かい、悩み、解決しようとする「志」を、
    もれなく持っている筈なのです。
     
    その自分自身が持っている「志」に
    気づこうとせず、信じようとせず
    活用しようとせず、安直に、「師」と呼ばれる人
    に依存してしまう・・・・・・。
    そんな「心」が、詐欺師や、なりすま師と出会う
    切っ掛けを作ってしまうのではないでしょうか?
     
     
    お釈迦さまの「自灯明」の教え。
     
    自灯明・法灯明」は、釈尊が入滅される前に弟子に示された
    最後の教えだといわれる。
    「他者に頼らず、自己を拠りどころとし、
    法を拠りどころとして生きなさい」ということである。
    「自己を拠りどころとし、法を拠りどころとせよ」
    とは、釈尊の死が間近であったときに、師が亡くなったら、
    何に頼ればよいのかと嘆く弟子のアーナンダに対して
    諭された言葉である。

    私や他者に頼ってはならない。自己とダルマ(理法)を
    拠りどころとせよ」と釈尊は説かれた。

     
     
    どんなに細々とした頼りなき「自灯明」だったと
    しても、困難と、自分の課題に立ち向かう
    「志」さえあれば、いつか、力強く燃え盛る
    松明のように、己を明るく照らす「灯」となる・・・
    と、私は信じています。