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小さき森を愛する花  瑠璃唐草物語

瑠璃唐草の別名はネモフィラ。ギリシャ語のNemophila は、ギリシャ語の 「nemos(小さな森) + phileo(愛する)」が 語源とされています。そんな愛らしくも健気な花のように生きていきたいと思います。

そろそろ書くべき時なのでしょうかね・・・。 ツインソウル その⑥

住むところが決まるまで、Sは、事務所近くのビジネスホテルを

定宿にしていた。

福岡で暮らすためのアパート探しをしつつ、それと並行して

事務所の移転先をも、探すようにと、私に依頼してきた。

 

「S所長、本気ですか?事務所移転するなんて・・・。」

「ああ、本気だよ。」

「まだ、この事務所に移転して半年も経っていないんですよ!」

 

「だってさ、考えてご覧よ、来年の4月には、新入生が男女7人

づつ、合計14名も入ってくるんだぜ~。このまま、この狭い

事務所じゃ、身動きもできんだろうし・・・。」

 

「でも・・・この事務所を借りるに当たって、少なくとも

一年以上は借りるという契約を結んでいます。約定違反に

問われると思いますけど・・・。」

「別に、いいじゃないか、約束なんて、破るためにあるんだからさ・・・。」

 

どこまで本気で言っているのか、解らなかったが、取りあえず、

Sの指示通り、不動産屋に、お勧めの物件をファックスで

流してもらうことにした。

 

Sは、流してもらったファックスを見比べながら、あ~でもない

こ~でもないとチェックを入れていた。

 

「あの~、非情に伺いにくいんですけど・・・・。」

 

「何?」

 

「事務所の移転先って、ここから、そう遠くない場所を考えて

いらっしゃいますか?」

 

「いや、特に拘りは無いけど・・・。」

「天神でもいいし、博多駅周辺でもいいしさ・・・。」

「やっぱり、福岡と言えば、一番の繁華街は天神なんだろ?

いっそ天神に出ちゃうか~。」

 

「あ~そうなんですね・・・。」

 

「何、何か、不都合でもある訳?」

 

「いえ、天神でも、博多駅でも構いませんけど・・・・

出来れば、地下鉄駅から徒歩10分以内の場所に

して頂けると、有難いんですが・・・・。」

 

「何で?」

 

「私、地下鉄で通っているんですけど、今の事務所よりも

遠くなるようですと、通勤が厳しいので・・・。」

 

「あ・・・そうなんだ。いいよ、瑠璃さんの通える範囲内で

最終的に選べばいいんだろ?」

 

「はい、そうして頂けると助かります。」

 

まだ、表面上は、「話の分かる上司」と「従順な事務方」として

平穏な会話が続いていた。

 

しかし、こんな平和も、そう長くは続かないのだった。

 

唯一、二十代のMさんは、何かと口実を見つけては、Sを

誘い出し、昼も、夜も、食事や、飲み会に引っ張りだそうと

腐心していた。

 

普段のSであれば、とっくの昔に、Mさんと「深い仲」に

なっていても、不思議ではなかったのだが・・・。

 

「皆さんに、公平に接してくださいね・・・誰か一人に

肩入れすることのないように、お願い致します。」

 

という、私の遠回しな「念押し」の効果が、まだ

賞味期限切れになっていないのか、まだMさんは

現地妻の座を、手に入れることはできていないようだった。

 

私が、Sの事情に詳しいことを、彼は、察していたのかも

知れない。

大人しいように見えて、怒らせれば、本社の人間に、彼の悪行を

ご注進するという「禁じ手」を、いともあっさりと、打ってしまい

そうな不気味な、凄みを感じ取っていたに違いない。

 

 (はい、正解! 怒らせると怖いんですよ~)

 

Mさんだけでなく、最年長のおばさんも、その他のおばさま方も

いつの間にか、Sの魔力の前に、「しおらしい乙女」と

化していた。

中には、自分の成人式の写真をわざわざ持ってきて、見て貰おう

とする人とかね・・・・。

いや、どうする・・・それを見せて・・・。(過去の栄光なんて)

 

Sが、興味あるのは、現在進行形の、うら若き乙女だけだよ~。

 

そんな女性たちのキャピキャピした言動を、冷ややかに見つめながら

Sの本当の正体を知っている私だけは、その手になんか乗せられないわ

と、高を括っていた。

 

しかし、そんな冷酷で斜に構えた私ですら、うっかり「手の内」

に落ちてしまいそうな事が起こった。

 

「事」というには、単純過ぎたかもしれない。

 

ある日、普通に事務処理をしている時のことだった。

Sは、不意に、何の前触れもなく、小声で呟いたのだ。

そう、すぐ隣に座っている私に、聞こえるか聞こえないかの

微かな声で・・・。

 

その呟きは、5・7・5・7・7の短歌だった。

 

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の


割れても末に あはむとぞ思ふ

 

これは、百人一首の中でも、情熱的な一句として

知られる崇徳院の歌である。

 

何の脈絡も無く、いきなり、そのフレーズを口にした

Sに、私は、不覚にも、「ドキッ」としてしまった。

 

実は、この句は、私が、一番好きな一句だったのだ。

しかし、私は、その事を今まで、誰にも言ったことが無い。

 

まして、何で、このタイミングで、呟いたんだ!?

 

どこで知った!

何をリサーチした?

 

私の脳は、フル回転していた。

「あ・・・もしや、履歴書を見たのか・・・。」

 

私の脳で、合理的に考えられるのは、その事だけだった。

勿論、履歴書なので、「私の好きな一句」なんて

書いている訳でもない。

 

恐らくSは、私が国文科出身であることを知って、

この作戦に打って出たに違いない!

 

「ん~ああああ~~~悔しいが・・・ビンゴ!」

 

座右の銘ならぬ、その一句が、私の人生の友だったわ!

 

もし、私が、二十歳そこその小娘だったら、この一件で、

陥落していたかも知れない。

(あら、以外に簡単なのね・・・言葉フェチの弱点)

 

良かったよ・・・伊達に歳だけを重ねたオバちゃん

じゃなくて・・・。

 

今までの、度重なるセクハラ・パワハラモラハラ

揉まれて強く、逞しい、おばはんへと成長を遂げていた

私は、崖っぷちで、ぐっと踏ん張ることが出来た。

 

しかし、油断ならんな・・・。

 

「え・・・今、何って、仰いました?」と切り返した私に

 

「いや・・・別に・・。」

「二度も、同じことは言わないよ・・・。」と

 

不敵な笑みを浮かべるとは・・・・。

 

恐るべしS。

 

女の弱点を鋭く見抜くSと、冷淡な策士の私の

静かな戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

しかし、不味いな・・・このままでは、私だって、うっかり

「乙女なおばはん」へと凋落されてしまうかもしれない。

何とか対策を立てねば・・・・。

 

そう思案していた時、急にSが、

「俺、一旦、家へ帰るわ・・・。」と言い出した。

 

そう、彼は、福岡への正式な辞令が降りる前に、

事前に上司から知らされて、思い付たように来福したに

過ぎなかったのだ。

 

Sの正式な勤務先は、まだ北関東の某県であり、そこの

所長として「席」は残ったままになっていたらしい。

 

余りの事に呆れたが・・・。

しかし、内心、ほっとした私。

これで、対策を練る時間が稼げる・・・。

 

後日談だが・・・。

北関東の某県の事務所を、ほっぽらかし、福岡に

一週間も行ったきりになっていた所長に、向こうの

事務方の女性は、怒り心頭だったらしい。

 

そりゃ、そうだわ・・・。

 

思いついたら、即、行動。

仕事も、女もね・・・。

 

そんなSに、私達福岡の面々も、右往左往させられて

いくのである。